
中小企業庁の補助金(省力化投資補助金(一般型)・ものづくり補助金等)では、近年「賃上げ要件」がルール化されています。
申請時は事業計画に落とし込み、採択後も一定期間、達成状況の確認が行われます。要件未達の場合は補助金の返還が生じることもあるため、事前の理解が欠かせません。
一方で、賃上げ要件には「給与支給総額」「1人当たり給与支給総額」「事業場内最低賃金+30円」など複数の指標があります。補助金や公募回によって扱いが異なることもあり、「自社はどの指標で、どの水準を、いつまでに満たすべきか」が分かりづらいのが実情です。
本記事は、これから補助金を申請を検討している企業向けに、共通する賃上げ要件と、未達時の返還イメージ、計画・モニタリングの要点を整理したものです。
なぜ近年「賃上げ要件」がルール化しているのか
近年「賃上げ要件」がルール化している背景には、政府の「骨太の方針2025」等で、賃上げを成長戦略の柱とし、持続的な物価上昇の下で実質賃金の上昇を定着させる方針が示されていることにあります。
さらに、最低賃金を着実に引き上げ、2020年代に全国平均1,500円を目指す方向性も示されており、企業にとっては人件費上昇への備えが中長期で欠かせません。
この状況で重要なのは、「賃上げ」と求めるだけではなく、賃上げ原資を生み出せる体質(稼ぐ力)を中小企業が構築できるよう後押しすることです。
自動化による生産性向上や新商品開発・高付加価値化を通じて付加価値を高め、利益の出る構造へ転換し、その成果を賃金として従業員に還元していく――こうした考え方が、設備投資系補助金の賃上げ要件として具体化されていると整理できます。
主要補助金に共通する賃上げ要件と注意点
設備投資系の補助金では、賃上げの確認方法として主に ①給与支給総額、 ②1人当たり給与支給総額 、③事業場内最低賃金+30円 などの3指標が使われ、申請時に自社で設定・表明した目標値が適用されます。
※賃上げ要件の細部は補助金の種類や公募回で変わります。要件の最終判断は、必ず最新の公募要領・交付規程をご確認ください。
要件①:給与支給総額
- 従業員および役員に支払った給与等(給料、賃金、賞与、役員報酬等を含む)の合計です。
※福利厚生費・法定福利費・退職金は含みません。
- 注意点①:給与支給総額は「従業員分」だけでなく「役員報酬」も対象で、従業員分と役員分は区分して集計・判定されます。従業員の給与を増やしても役員報酬を据え置くと、要件未達となる可能性があります。
- 注意点②:法定福利費(社会保険の会社負担分)・福利厚生費・退職金は対象外です。ここを増やしても、給与支給総額の達成には直結しません。
- 注意点③:省力化補助金(一般型)では、第5回(2026/2締切予定)から給与支給総額(CAGR+2.0%以上)の要件が撤廃され、要件②の1人あたり給与支給総額に一本化されました。
要件②:1人当たり給与支給総額
- 給与支給総額を、従業員数および役員数で除したものをいいます。
- 計算式:1人当たり給与支給総額 = 給与支給総額 ÷(従業員数+役員数)
- 注意点①:対象従業員は、「応募申請時点(基準年度)から事業計画期間の終了年度まで継続就業する同一人」で算定。
- 注意点②:省力化補助金(一般型)第5回では、「基準年度・最終年度を含む各年度ごとに、毎月給与支給等のある従業員」が対象と明記。ただし、育休等で所定労働日数が減る場合や途中入退社等は、除くことができる。
要件③:事業場内最低賃金+30円
- 事業場内最低賃金:当該事業場(職場)で働く従業員のうち、最も低い時間給(時給換算)のことです。
- +30円要件:事業場内最低賃金が、当該都道府県の最低賃金より30円以上高い水準であることを求めるものです。
- 注意点①:「事業所内」は補助事業の主たる実施場所(設備設置場所)で働く従業員が対象です。他拠点(本社・別工場等)は対象外です。
- 注意点②:判定は「最賃+30円」ではなく、申請時に自社で設定・表明した目標値で行われます(例:+50円で表明→毎年+50円の達成が必要)。
- 注意点③:最低賃金引上げ特例(補助率引上げ)を適用する場合、当該要件(事業所内最低賃金+30円)は除外されます。※2025年12月時点の公募要領ベース
賃上げ要件未達成時の返還イメージ
設備投資系補助金の賃上げ要件は、未達の場合に「ペナルティ」ではなく、交付された補助金の一部(または全部)を返還する仕組みが取られています。返還額は「交付額 × 未達割合」です。つまり、「目標に対してどれだけ届かなかったか」により返還額が変わります。返還の考え方は、大きく次の3パターンです。
(賃金増加:1人当たり給与支給総額)が未達の場合
- 返還額の考え方:補助金交付額 × 未達割合
- 未達割合:1 −(実績の年平均成長率 ÷ 目標の年平均成長率)
- 概念例:目標4%/実績3% → 未達割合25% → 補助金1,000万円なら返還250万円
- ※実績がゼロ成長・マイナス成長の場合は、原則全額返還となります。
(事業場内最低賃金+30円)が未達の場合
- 返還額の考え方:補助金交付額 ÷ 事業計画期間(年数)
- ポイント:毎年判定。未達の年が出ると「年割り分」を返還します。
- 概念例:補助金1,000万円/計画5年 → 年割り200万円 → 1年未達なら返還200万円
大幅賃上げ特例(上限引上げ)が未達の場合
- 結論:特例要件が未達になると、まず補助上限額の引上げ分が返還対象になります。
- 加えて、基本要件②・③も未達なら、その分の返還が別途発生し得ます。
- ※特例の返還計算は要件・公募回で細部が変わるため、必ず最新要領を確認してください。
賃上げ計画・モニタリングのチェックリスト
- 基準年度・最終年度を先に確定:基準年度(いつの実績を起点にするか)/計画終了年度(どの決算期の決算書で判定されるか)を明確にする。
- 目標値の表明を“交付申請までに”実施:表明の方法(社内通知・掲示・就業規則等)と証跡を残す。
- 集計の前提を固定:給与支給総額は「役員報酬を含む」「法定福利費・福利厚生費・退職金は除外」など、対象範囲をブレさせない。
- 1人当たり指標は“分母・対象者”が肝:分母(従業員+役員)と、対象従業員の算定ルール(公募回の取扱い)を申請前に確認する。
- 役員報酬改定のタイミングに注意:実務上、役員報酬の改定は「事業年度開始後3か月以内」等の制約があるため、計画と決算期を逆算する。
- 最賃+αは毎年3月末判定を逆算:4月昇給運用の会社は未達になりやすいので、賃金テーブル(下限)の見直し時期を前倒しで設計する。
さいごに
申請前の段階で、共通する賃上げ要件・未達時の返還イメージ・計画/モニタリングの要点を整理したうえで、申請内容(目標値)を設計することが重要です。
特に「事業場内最低賃金+30円」が適用されるかどうかで、必要となる人件費負担は大きく変わる場合があります。
また、外部支援者(専門家)からの説明が要点中心に留まり、前提条件や運用負荷まで十分に共有されないまま申請してしまうケースもあります。そのため、提案内容を踏まえつつも、自社の雇用形態・拠点・賃金体系に照らして、達成可能性と費用対効果を確認したうえで申請することをおすすめします。
制度ごとの申請ポイントなど、詳しく確認したい場合は、以下もご参照ください。
・省力化補助金(一般型)の申請ポイントと外部専門家の選び方
・ものづくり補助金の申請ポイントと外部専門家の選び方
※賃上げ要件の判定は、企業の雇用形態・拠点・賃金体系によって結論が変わります。採択後のご相談(達成管理・報告・返還リスク対応)は個別判断が必要なため、初回から有償対応となります(無料相談は受け付けておりません)。





