日本の繊維産業は、環境への配慮とデジタル技術を活用したビジネスモデルの進化が求められる重要な転換期を迎えています。

少子高齢化による国内市場の縮小、そしてグローバル競争の激化という課題に直面する中、2030年に向けて産業全体が再構築を図る時代です。
サステナビリティへの対応や海外市場への積極展開、スマートテキスタイルや高機能素材の開発といった取り組みを通じ、日本の繊維産業は新たな価値と成長の機会を創出しています。
この記事では、経済産業省「2030年に向けた繊維産業の展望(繊維ビジョン)」を元に、持続可能な未来に向けた繊維産業の変革と展望を深掘りします。

繊維産業の現状と課題

(ア)国内市場縮小・事業所数の減少

年度衣料品等の国内市場規模(兆円)事業所数(事業所)
1990年約15.3兆円23,082事業所
2021年約8.6兆円9,448事業所
経済産業省:2030年に向けた繊維産業の展望・工業統計のデータを元に作成

国内繊維産業は、1990年代以降、衣料品の市場縮小と共に事業所数が減少しています。

具体的には、衣料品等国内市場規模は、1990年は約15.3兆円から、2021年には約8.6兆円まで減少、
事業所数においては、1990年23,082事業所から、2021年9,448事業所に減少しています。

また、2020年の時点で、繊維業従事者数は40万人を下回り、特に新型コロナウイルスの影響が顕著に現れた結果、国内の消費規模も一層縮小しました。

また、職人の高齢化が進展しており、このような背景から、業界全体の再編・労働力の確保が重要な課題です。

(イ)職人の高齢化・後継者不足

年度繊維産業従事者(万人)
2007年68万人
2020年40万人
経済産業省:2030年に向けた繊維産業の展望、労働力調査を元に作成

繊維業界では、職人の高齢化と後継者不足が深刻な課題となっています。

経済産業省のデータによると、2020年時点で繊維産業従事者は約40万人にまで減少しており、2000年代以降、労働力の確保が一層難しくなっています。

また、従事者の多くが50歳以上で、若年層の人材確保が進まないことが後継者不足の一因です。特に、伝統的な産地では高い技術を持つ熟練職人が担っており、技術継承が急務です。

こうした状況に対処するため、産地サミットの開催や職人育成プログラムの導入が進められていますが、持続的な成長にはさらなる支援が求められます。
これらの対策を通じて、技術継承と産業の活性化を図ることが業界の将来にとって重要な課題となっています。

(ウ)輸出動向と国内市場の停滞

年度生地の輸出額(億円)衣料品の輸出額(億円)
1990年約4,683億円405億円
2021年約2,279億円546億円
経済産業省:2030年に向けた繊維産業の展望を元に作成

輸出動向においては、「生地の輸出額」は減少しているものの、「衣料品の輸出額」は1990年の405億円から、2021年の546億円と増加しています。

少子高齢化により国内市場の拡大は見込めないため、今後は、成長性のある海外市場に重点を置いた販路開拓が課題です。

2030年に向けた繊維産業の展望

(ア)地場産業の連携強化(地域経済の活性化)と事業承継の促進

地域主な産地特徴的な生産品目
北海道・東北岩手県(盛岡)ニット、綿織物
関東群馬県(桐生)、東京都(墨田)絹織物、合繊織物、ニット
中部新潟県(栃尾・見附・五泉)、愛知県(尾州・三河)綿織物、合繊織物、毛織物、ニット
北陸石川県、福井県、富山県絹織物、合繊織物、ニット
近畿京都府(丹後)、滋賀県(湖東)、大阪府(泉州)、和歌山県(和歌山)麻織物、綿織物、ニット、タオル
中国岡山県、広島県(備前・備中・備後)デニム、綿織物
四国愛媛県(今治)タオル
九州福岡県(久留米)綿織物(絣織)
繊維産業の主な産地一覧

「繊維産地サミット」の設置の提案

また、地域ごとの繊維産業が抱える課題(事業所数の減少、後継者不足など)に対応するため、地域連携を強化する「繊維産地サミット」の設置も提案されています。
特に地域での事業承継支援や、地場産業技術を次世代に引き継ぐ取り組みが進められ、事業承継補助金や税制優遇措置による事業承継支援が行われています。

産地間の好循環の創出

さらに、地域の伝統技術や繊維産業特有の強みを活かし、産地間の好循環を生み出すため、ファクトリーブランドやDtoC(Direct to Consumer)企業の創出支援も積極的に進められる予定です​。
例えば、地域の素材や技術を生かしたオリジナルブランドや製品を通じて、地域間の連携を深め、全国的に地場産業の活性化を目指しています

(イ)デジタル化(自動化・省力化)の加速

ファッションビジネスフォーラム

繊維業界では、デジタル技術を活用した効率化や新市場開拓を目的に「ファッション・ビジネス・フォーラム」が開催されます。このフォーラムでは、デジタル技術を持つ企業や他分野の企業との連携機会が提供され、新たなビジネスモデルや技術の活用が進むことが期待されています。また、スタートアップ企業支援の一環として、フォーラム内でのピッチイベントも予定されており、デジタル技術に関心を持つ新興企業の成長が促進されます。

デジタル化に伴う優遇税制・補助金

繊維業界のデジタル化と省力化を加速するため、政府はITツール導入支援やデジタルトランスフォーメーション(DX)推進に伴う税制優遇措置を提供しています。これにより、企業がデジタル技術を活用した自動化や効率化に取り組む際のコスト負担が軽減されます。また、補助金制度(ものづくり補助金、省力化補助金、IT導入補助金等)も整備されており、設備投資や技術導入に対して経済的なサポートが受けられる仕組みが整えられています。こうした支援を通じ、繊維業界全体の競争力強化が図られています。詳細は、以下の記事をご参考ください。

(ウ)海外展開による新たな市場開拓

海外展開に向けた体制の構築

日本の高品質な技術力を活かして海外市場に参入するため、展示会や越境EC(電子商取引)を通じた販路拡大支援が提供されます。JETRO(日本貿易振興機構)や中小企業基盤整備機構などの支援機関が連携し、専門家による伴走型支援や展示会への出展支援(補助金等を含む)が進められ、バイヤーが日本製品に直接触れる機会も増加予定です​。

また、一般社団法人日本ファッション・ウィーク推進機構(JFW)、クールジャパン機構、独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)、独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)、日本繊維産業連盟をはじめとする業界団体、経済産業省等の関係機関による情報共有・検討の場を設置していく方針となっています。

海外展開支援ツールによる後押し

「新輸出大国コンソーシアム」の枠組みを活用し、海外展開の計画立案から、その実行・成約まで、専門家が伴走型支援したり、 海外の主要見本市への出展支援をすることにより、現地バイヤーが直接生地等に触れる機会等を創出できるよう進められています。
また、中小企業が越境ECを含めて海外展開する際の販路拡大、ブランディング等の取組を支援も推進していく模様です。

(エ)SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)の推進と必要性

サステナビリティの必要性

繊維業界におけるサステナビリティの必要性は、①環境保護、②資源の効率的利用、③持続可能な成長を目指す観点から、ますます重要視されています。
繊維業界はとりわけサプライチェーンの多段階構造を持ち、原材料の栽培から最終製品の製造に至るまで、大量の水、エネルギー、化学薬品を必要とします。
そのため、業界全体で資源循環や環境負荷削減、省エネが急務な課題とされています。

資源環境の取り組み強化

資源循環の取組強化として、ガイドラインの策定やリサイクル素材の利用促進が行われ、ESG(環境・社会・ガバナンス)を考慮した事業運営を進めていく必要があります。
また、製品寿命の延長と消費後の再利用を意識した製品設計の強化も目標の一つです​。

責任あるサプライチェーン管理とデューデリジェンス

ESGに基づく経営が求められる中、企業リスク軽減のためのデューデリジェンス実施が推奨されています。
各企業が責任あるサプライチェーン管理に取り組みやすい環境づくりが進められ、特にガイドラインの策定が進んでいます。
サプライチェーン全体のデューデリジェンスを行うことで、企業リスクの早期発見と対策が促進される狙いがあります​。

(オ)繊維(生地等)の技術革新と持続可能な発展

繊維技術の革新と市場創出

2030年に向け、技術革新が重要視されています。

経済産業省は「繊維技術ロードマップ」を策定し、スマートテキスタイルや無水型染色加工、繊維リサイクル技術など、次世代技術の開発を産学官連携で進めています。

これにより、繊維製品の多様な市場(医療・衛生・産業資材・生活資材・自動車用資材など)での応用が期待されています​。

高品質・高機能素材の需要拡大

高品質で感性豊かな素材(デニム、レース、ニットなど)や機能性素材(吸汗速乾、抗菌防臭、ストレッチ性、耐熱性など)への需要が拡大しています。

繊維業界はこれらの素材を生産する技術力を活かし、国内外の様々な分野(医療用、産業用など)における製品開発を進めています。

また、快適性や機能性が求められる製品への需要が増していることから、生活資材や車両資材など新しい用途への展開も促進されています​。

次代を担う繊維産業企業100選

「次代を担う繊維産業企業100選」は、経済産業省が繊維産業の成長と革新を推進するために選定した、日本の繊維業界をけん引する100社を紹介しています。

この取り組みは、繊維業界が直面する課題(労働力不足、技術の伝承、環境負荷の軽減など)に対応し、国内外で競争力を高めることを目的としています。

選定企業は、サステナビリティ、デジタル化、新たな市場開拓などの観点から評価され、伝統的な産地の企業から最先端の技術を持つスタートアップまで、多様な企業が含まれています。
具体的には、環境負荷を軽減するリサイクル素材の開発やデジタル技術を駆使した省力化、そして海外市場向けに革新を遂げている企業が選出されています。

この「繊維産業企業100選」を通じて、経済産業省は、国内産業の活性化とともに、日本の繊維技術を次世代に継承し、世界に発信していくためのモデルケースとして位置づけています。

今後の展望と政策課題

繊維業界は2030年に向けて、デジタル化による自動化・省力化、産地間の連携強化、そして海外展開を通じた競争力向上を目指しています。

人口減少と高齢化が進む中で、労働力不足に対応するための自動化技術の導入は必須であり、補助金を活用したデジタル化投資が推奨されています。また、国内各地の伝統的な繊維産地が互いに協力することで、技術継承と地域活性化を図る「産地連携」も重要な施策とされています。

さらに、縮小する国内市場を補うために、EPA(経済連携協定)を活用した輸出支援や、海外展示会への出展支援などが提供され、海外市場でのシェア拡大も狙っています。
経済産業省では、これらの施策を通じ、繊維業界は持続可能な成長を目指していく方針です。